蛾の幼虫のフンが、お茶になる—— 研究者・丸岡毅さんがつくる常識を覆す“虫の発酵茶”

松崎町には、少し変わったお茶があります。
原料は、桜の葉。
そしてもうひとつ——蛾の幼虫のフンです。

そう聞くと、思わず身構えてしまうかもしれません。けれど、このお茶は、デンマークの三つ星レストラン「noma」など、世界のトップシェフから注目を集めています。その背景には、“美味しい”というシンプルな発見がありました。

すべては、偶然の発見から始まった

このお茶を手がけているのが、丸岡毅さんです。京都大学大学院で化学生態学を研究する中で、虫と植物の関係性を探ってきました。きっかけは、研究室での出来事でした。

先輩が大量の毛虫を持ち帰ってきて、「全部あげる」と渡されたそうです。仕方なく飼い始めたところ、ある違和感に気づきます。

「フンから、すごくいい匂いがしたんですよ。で、水を垂らしたら、赤茶色になって。ん?紅茶っぽいぞと。」

フンの匂いと水の色から、毛虫のフンはお茶になる可能性が高いことに気づいた丸岡さん。仮説を立てたら検証せずにはいられません。

「お茶かもしれないと思ったら、飲めばすぐに検証できるので。飲んだら、美味しかった。」

そこから、さまざまな虫と植物の組み合わせを試す日々が始まりました。桜の葉に、オオミズアオやモンクロシャチホコといった蛾の幼虫を掛け合わせる。その辺の川沿いにもいるような虫ですが、組み合わせによって香りや味わいは大きく変わります。
これまでに試した虫は50種類以上。思いつく限りの組み合わせを試しながら、味や香りの違いを確かめてきました。

フンがお茶になるという発見

虫が葉を食べ、体内で分解し、排出される。その過程で、植物の成分は変化します。丸岡さんの専門である化学生態学の視点から見ても、それは興味深い現象でした。

「ポリフェノールとか、虫にとっては毒になる成分が外に出る。その過程で香りも変わっていくんですよね」

排出されたフンは乾燥させることで、さらに香りが引き立ちます。乾燥の仕方でも、仕上がりは大きく変わるようです。

「乾燥機を使ったこともあったんですが、いろいろ試していくうちに、風をあててゆっくり乾かしたほうが香りがよく出るなって感じています。」

こうしてできあがるのが、いわば「虫が発酵させたお茶」です。

世界が評価した、唯一無二の香り

転機は、京都での試飲の機会でした。名の知れたシェフに試飲してもらい、その味と香りが評価されます。そして極め付けは、デンマークの三つ星レストラン「noma」の来日でした。
京都に滞在していた彼らに試飲してもらう機会を得ると、その反応は予想以上のものでした。

「これを使いたい、と言ってもらえて」

その場で3キロの注文が入り、一気に世界の最前線へとつながりました。誰も気にしていなかったフンが、世界最高峰の料理人たちに求められる存在へと変わった瞬間でした。

なぜ松崎町でつくるのか

このお茶の核となるのが、「桜の葉」です。中でも重要なのが、オオシマザクラ。一般的に見られるソメイヨシノとは異なり、葉の利用に適した品種として知られています。
松崎町は、古くからオオシマザクラの葉を栽培してきた地域でもあります。葉を採るための栽培方法が確立されており、安定して質の高い葉が手に入ります。海外の料理人たちが求めているのは、日本の春を象徴する桜の香り。その桜の葉を、素材として安定して扱えるかたちで手に入れられる場所が、松崎町でした。

「ここが一番条件が揃っていると思いました」

京都では桜の木の多くが管理下にあり、自由に扱うことが難しいという事情もあります。そうした背景もあり、松崎町という場所にたどり着きました。

常識をひっくり返す

「一説には、地球上には約27万種の植物があり、蛾の仲間だけでも16万種いると言われています。その多くは、まだ資源として活用されていません。」

川沿いや身近な場所で見かける蛾の幼虫。どこにでもいる、ごくありふれた存在で、時には厄介者とされることもあります。けれど、「このフンは美味しい」と知った瞬間、見え方が変わります。

「イベントに虫を持っていくと、フンが落ちた瞬間にみんなすごい盛り上がるんですよ」

本来なら避けられてしまうものが、むしろ注目され、価値あるものとして扱われるようになります。丸岡さんがつくる虫秘茶の面白さは、これまで見過ごされてきたものに、新たな価値を見出している点にあります。

美味しいからやっている

なぜ、この取り組みを続けているのでしょうか。理由を聞くと、答えはとてもシンプルでした。

「楽しいからやってるし、美味しいからやってる」

研究としての面白さもあります。未知の組み合わせを試す探究心もあります。けれど、その原点にあるのは、「美味しい」という実感でした。松崎町でつくられたこの少し変わったお茶は、身近な自然の見え方を、少しだけ変えてしまう力を秘めています。

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事業者紹介

虫秘茶
https://chuhicha.com/

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